予備校教師の言葉

高校を卒業して、名古屋にある河合塾に通った。そこの英語教師が授業中にした雑談が、今でも強く心に残っている。

教師は中学の同級生で、中年になった当時でも演劇を続けている知り合いを揶揄した。確かにやつは中学生の演劇コンテストで賞を取った。でも、学校時代のそういう賞は、先生が熱心だと受賞するものであり、あまり生徒に宿る才能は関係ない。
どこかで聞いたことがあるような内容ではある。この話を最初に聞いた時は、まあそういうものだろうと納得した。

予備校を出て、紆余曲折があり、二度目の大学生活を始めた。東京に引っ越した私は、読書感想文全国コンクールのOB・OG会に出席した。

私は中学3年生の時に、夏休みの宿題の定番である読書感想文の全国コンクールで3位となった。その時は東京會舘で行われる表彰式は出られなかったのだが、23歳の大学一年生の時、OBという身分で読書感想文全国コンクールの表彰式に出席した。

表彰式後、OB・OGが別室に集まった。近況を報告する者もあり、その場にいた他の大学生とも少し歓談した。話を聞いてみると、学校に読書感想文の指導で熱心な先生がおり、そういう先生の添削を受けて、コンクールで入賞したような人がほとんどだった。

私の場合はもともと読書感想文が得意だったこともあって、教師による指導はほとんど受けていなかった。しかし、受賞には指導を受けるのが普通であると聞いて、まあそういうものだろうとも思った。

やがて40代になり、私は安定した職につくこともなく、何者でもないままだった。小説を書いて新人賞に応募しても、手応えが得られることもなかった。ふと今までの半生において、誇りに思えるものが何かないかと探すと、大学受験も第一希望には行けなかった自分には、中学生の時の読書感想文コンクールしかなかった。

読書感想文の全国コンクールについて検索してみると、入賞作がハードカバーの書籍となって出版されていたことに気付いた。私は図書館に行き、自分の作文が載っている書物を書庫から出してもらった。今まで自分が書いた文章が商業出版物に掲載されたことはないと思っていたのに、20年以上前にすでに活字になっていたことを知った。自分の作文を読み直そうとしたが、読めなかった。自分が書いたものとは思えなかった。

その時、浪人の時に受けていた英文法の授業の予備校教師が言った言葉を思い出したのだ。
学生時代に賞を取っても、それは才能を保証しないし、プロになんかなれない。
確かに彼が言ったとおりだろう。しかし、自分は熱心な教師に指導されたわけじゃない、ほとんど自分の才能だけで全国3位になったのだ、と言い訳の余地を見つけざるを得なかった。
いったい大昔のたったひとつの成功にすがらなければ、何かを保つことが難しいのだ。
予備校教師の言葉は、私にとって予言として、正しさを証明するのだろうか。もう結果は出ているかもしれない。

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