書くために生きる

小説を書いている。もう15年も書き続けて、新人賞に応募している。

小説家としてデビューした人の話を読んでも、デビューしてから苦労した人は大勢いても、デビューするのに苦労した人はあまりいないように思える。ちゃんと統計を取ったわけではないのだが、8割くらいは3回目の応募までにデビューしているように感じられる。

これまで新人賞の予選を通ったことがあるだけで、ここ数年は一次選考落ちが続いてるが、それでも自分は新しい作品を書き、仕上げて、応募した。他人からみれば、馬鹿げているように思えるに違いない。そんな徒労はもう止めにして、別のことをしたほうがいいんじゃないか、と。

客観的に見れば、その通りだろう。けれど、私は、小説を書かざるを得ない人間なのだ。賞に応募するために書いているのは確かだが、それはどこまでも権利に過ぎないのであって、書きたいから書いているだけなのだ。

小説を書くということは、世界の創造主になるということである。今まで存在していなかった人物や空間が、頭のなかにしかなかったそれが、自分が文章にすることで、他の人にその存在が伝わるようになる。その創作の快感はひとつの中毒なのであって、私は小説を書き続けているのだ。

日頃、空想ばかりしているかもしれない。その空想が文章のかたまりとなって立ち現れた時の、誇らしさと言ったら! 確かにこのままデビューできないまま生涯を終えることは恐怖ではある。本当に徒労に終わるかもしれないし、その可能性は高いだろう。だが、もうこれ以上書かないこともまた恐怖なのであって、そのせめぎ合いのうちで、私はいつも書く方に賭けてしまう。

小説を書くという行為は、労働と同居することが、他のジャンルに比べれば容易いと思う。役者や芸人を目指すのであれば、フルタイムの会社員をし続けるわけにもいかないだろう。一方、医者をやりながら最初の小説を書いた作家もいるし、会社員や公務員などの勤め人が新人賞を受賞するのもありふれている。私の場合も、書き物で多くの収入を得られない限りは、デビューするしないにかかわらず、働きながら書くことになるのだろうし、今までも働きながら書いてきた。

書くために生きる。そういうと力が入りすぎているかもしれない。けれど、自分にとっての自分の存在意義は、小説を書くことに他ならない。もうずっとそう思っている。

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